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空手の歴史

 空手・古武道は現在140国余に普及発展し、約5,000万人の愛好者を有するといわれている。日本の生んだ武道の中でも一際異彩を放っていて、世界の人々が優れた護身術として受け入れたの空手・古武道である。世界に誇れるこの空手・古武道の発祥の地は沖縄県である。

​ 15世紀~16世紀にかけて、倭寇と呼ばれる海賊が盛んに出没し、貿易船や海浜の村々を襲うことが頻繁に起こった。那覇港の南岸に1554年築かれた「やらざ森城」という砲台はこのような海賊の襲撃に備えたものであった。航海途中にも襲撃されるケースもあり、身の安全を確保するための武器の形態や護身術は重要な意味を持ったのである。空手もまた、少なからぬ影響を受け、沖縄固有の「ティー」に加味され、空手が体系化され、完成されていったのである。

 王国時代、首里城を中心に発達した「首里手」、商業都市那覇で栄えた「那覇手」、両者の中間にあった泊村一帯で栄えた「泊手」があった。いずれの地域でも著名な武人を多く輩出し、その伝統を今日に伝えている。1609年(慶長14年)以降薩摩の禁武政策も大きく影響し、その後約250年間門外不出の武術として士族の間に受け継がれていくことなる。秘技として秘密裏に伝承されてきた関係上、文献資料に乏しく、その発展の歴史を辿ることは容易ではない。廃藩置県後、封建社会が崩壊し、新しい諸制度が施行されると学校体育の中に空手が採用されるようになった。また、一般公開もされるようになり、大正時代には県外に、昭和初期には海外にも紹介されるようになったのである。

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